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沿  革
 
  安政6年(1859年)欧米列強の圧迫に徳川幕府は横浜を開港、ここに欧米人居留区が開かれました。 その時彼らが多数の中国の人々を連れてきたのが横浜中華街の発祥となります。

横浜中華街の発展は、 明治維新による文明開化を機に進んできました。 中国人居留者の増大、清国領事館の開設、 三国志演義で有名な関羽をまつった関帝廟もこの当時明治6年に建立されました。

明治27年日清戦争、中国の国父「孫中山」がホノルルで興中会を結成、 清朝を倒す革命を志す。
この後、孫中山は度々この中華街を訪れ華僑のための学校を創立しました。“萬珍樓”の看板が掲げられたのもちょうどこの頃であります。

昭和20年横浜大空襲で中華街は一夜で消失しましたが華僑の団結力と、バイタリティーで迅速に復興が進められました。
終戦以降は着々と中華学校の再建、関帝廟の再建、牌楼等(現在の善隣門)が再建され今日の街の原型が出来ました。

萬珍樓は1946年8月、有限公司萬珍樓として正式に設立します。

 
1946年 8月有限公司萬珍樓設立 
1966年 1月株式会社に改組 
1979年 9月萬珍樓青山(東京)開店 
1986年 5月萬珍樓新山下ビル竣工 
1986年 9月萬珍樓點心舗開店(萬珍樓第2ビル) 
1987年 5月萬珍樓西餐舗開店 
1987年10月萬珍樓心舗開店 
1988年 8月萬珍樓茶舗開店 
1988年10月萬珍樓心舗閉店 
1989年11月石川町ビル(隣接地増築) 
1991年 2月本社ビル新築整地により西餐舗、茶舗閉店 
1992年 7月石川町ビル(隣接地増築) 
1993年 4月本社ビル竣工 
1993年 4月萬珍樓點心舗リニューアルオープン(本社ビルへ移転) 
1993年10月萬珍樓薬粥舗開店(萬珍樓第2ビル) 
1993年12月新山下ビル、スタンリーエンタープライズへ売却 
1994年 4月心舗開店(物販店 萬珍樓第2ビル) 
1996年 9月食坊開店(萬珍樓薬粥舗改めリニューアル) 
1997年10月茶舗開店(茶葉販売、心舗改めリニューアル) 
1998年 4月四季火鍋 食坊開店(食坊改めリニューアル) 
1998年 9月麺舗開店(食坊改めリニューアル) 
2001年 4月茶舗ティールーム開店(麺舗改めリニューアル) 
2001年10月茶舗ティールーム閉店(社員食堂へ転用) 
2002年 5月萬珍樓本店焼失 
2002年 7月萬珍飽點舗開店(本社ビル内) 
2002年 8月萬珍茶房開店(萬珍樓第2ビル・社食併用) 
2003年 4月萬珍樓本店グランドオープン 
2003年 9月萬珍茶舗閉店 
2004年 4月萬珍樓売店南門シルクロード店開店 
2005年11月萬珍樓売店中山路店開店